和楽多屋日記

伝統工芸・和雑貨の「和楽多屋」店長の日記。

情報サイト、「和の美・知恵」 に変化。

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和楽多屋のサイトは、「和」を基本にほぼ三つの視点で構成されています。それは(1)伝統工芸・記念品(2)日本の記念品(3)「和」情報サイトです。


最近、少し検索に変化が見られます。独自の視点で書かれた「和」に関する情報 中でも「和の美・知恵」が多く読まれるようになりました。

それは新元号「令和」の「和」と関係があるのではと思っています。「和」情報サイトには、万葉集の記述はありませんが、多くの方が「和」について関心が高まっているからではと思われます。


万葉集にある歌の序文「初春(しょしゅん)の令月(れいげつ)にして、気淑(きよ)く風和(やわら)ぎ、梅は鏡前(きょうぜん)の粉を披(ひら)き、蘭は珮後(はいご)の香(こう)を薫(かお)らす」

これは新元号「令和」の選定理由となった万葉集の抜粋です。

「和」は「和らぐ」というこでもあり「ホット一息!」入れられることも、今の時代に求められているのではとも思います。さまざまな方の考えや思いに少しでもお役に立つことができ、日本の伝統の美やその素晴らしさを楽しんでいただればの思いを強くしています。
目の前に迫った10連休ですが、何日かを思い思いの「和」を求めて過ごすのもいいかもしれませんね。
「和」情報サイトはhttp://www.warakutaya.com/johotop.html

 

「琳派」100年ごとの華麗な世界とクリムト。

 

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クリムト「接吻」部分

 

琳派,、その始まりは桃山~江戸時代。本阿弥光悦俵屋宗達、その100年後に尾形光琳さらに100年後に酒井抱一と続きます。
特徴としては、まず大和絵の伝統をもとに、豊かな装飾性・デザイン性を持ち、絵画を中心としながらも書や工芸作品などにも及んでいたというところにあると思われます。
また、狩野派や円山・四条派といったような他の江戸時代の流派は、直接師から画技を学んだのに対し、琳派では家系ではなく私淑による断続的な継承も特質としてあげられると思います。
基本的に琳派の作品は、背景に金銀箔を用いたり、大胆な構図と型紙のパターンなどを用いた繰り返し、たらしこみの技法等に特色が見受けられます。

ジャポニズム(日本趣味)にあって浮世絵とともに、この琳派が大きな影響を与えた一人がクリムトです。特に最高傑作とも言える作品「接吻」では、背景は金と独特な色使いなど、その影響が各所に見られます。

ヨーロッパの画家たちに大きな影響を与えた天才「北斎」と「光琳」やっぱり凄い。

●主な琳派の画家の生きた時代。
本阿弥光悦(1558年 - 1637年)
俵屋宗達(江戸初期)
尾形光琳(1658年 - 1716年)
尾形乾山(1663年 - 1743年)
酒井抱一(1761年 - 1828年
鈴木其一(1796年 - 1858年)

まだまだおりますが省略させていただきます。

光琳」の「紅白梅図屏風」を「屏風時計」でお楽しみください。 日本の伝統的な蒔絵技法により、金箔で煌びやかな輝きと蒔絵の美しさを極めた逸品です。

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光琳」の「紅白梅図屏風時計」

東京ドーム前、ハナモモ鮮やかに咲く。

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ハナモモと東京ドーム

ハナモモ(バラ科)は、花を観賞するために改良されたモモだそうです。サクラの花の咲く時期に前後して開花の時期を迎えます。モモは古来より中国では災いを除き、福を招くとされてきました。

後楽園駅からすぐのところに彩りも鮮やかに咲いていたハナモモに思わず東京ドームを背景にシャッターを切りました。
3/29(金)には両リーグとも公式戦の開幕です。さてはて、今年の巨人の投手陣?、打撃陣?、抑えは?
開幕戦はいきなり巨人と広島。丸選手の加入で坂本、岡本への相乗効果を狙う巨人原監督、ハラハラ野球はストレスのもとです。ハナモモではないがハナマルで丸に花を咲かせて欲しいと大いに期待してます。

葛飾北斎88歳のとき。

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弘法大師修法図」(こうぼうだいししゅうほうず)

 晩年における最大級の肉筆画「弘法大師修法図」西新井大師所蔵。畳三畳分もある最大級の肉筆画です。

漆黒の闇を背景に、左には筋肉猛々しい赤鬼、右にはキノコに覆われた古木、その木に絡みつく犬が唸りを上げ鬼と睨み合い、中央には疫病を鬼に見立て、疫病退散のために祈る僧侶、弘法大師空海…何か幻想的な世界が描かれていますが…実はその正体は、運命と戦う北斎自身の姿ではないのかと。

  

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     富嶽三十六景「神奈川沖浪裏」

 さらに、この絵は富嶽三十六景「神奈川沖浪裏」の構図と重なることに気付きます。

覆いかぶさるような赤鬼はあの大きな浪、右側の木に絡みつく犬は人を乗せ、浪に必至に抵抗する船に、そして中央で毅然と構える姿の弘法大師は富士そのものではないか。

まさに北斎の奇抜で大胆な発想が遠近法の力で遺憾なく発揮されています。
北斎88歳の作品という。年齢を微塵も感じさせない力強さ、凄さは大きな驚きというほかありませんし、益々北斎が好きになります。

北斎、「おーい(応為)お茶」

天才浮世絵師、北斎を蔭で支え晩年には独自の画風にたどり着いた北斎の娘「阿栄(おえい)」雅号は応為(おうい)といい、日頃「おーい」「おーい」と呼んでいたことから生まれたともいわれるウソのような話。
父親譲りの腕を持ち、性格は男のようにさっぱりとしていたという。
偉大すぎる父を見続けたからこそでしょうが、女性ならではの繊細さとモダンさで美人画においては父北斎をして阿栄の方が勝っているといわしめるほど素晴らしい作品を残しています。
中でも「三曲合奏図」「吉原格子先之図」 は応為の代表的作品として有名です。

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「三曲合奏図」ボストン美術館

 

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露木為一「北斎阿栄居宅図」 ●再現したリアルな人形が北斎美術館に常設展示。

さて、「おーいお茶」といって手にする湯のみが、こんな湯のみだったら北斎も驚いたことでしょうね。
 

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大湯のみ(赤富士)

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大湯のみ(神奈川沖浪裏)

九谷焼きの北斎大湯のみ¥5,000(税別)径9×高さ9cm 化粧箱入り

ゴッホ兄弟、言葉。そして夜のカフェテラス。

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夜のカフェテラス

ゴッホが1890年(37歳)ピストル自殺したとされていますが、兄より4つ年下テオもその半年後に33歳で死んでいます。死因は病死で、元々虚弱な体質とぜんそくを患っていたことに加え、兄の死が精神に大きな影響を及ぼしたと言われています。それにしても二人の死は早すぎますね。
感情の素直な表現、大胆な色使いで知られるポスト印象派を代表する画家ゴッホは生前に売れた作品はほとんど無く、作品が認められるまで時間のかかった不遇の画家というイメージがあります。しかし、晩年の評価は高く、評価の広がりは弟テオや、テオの妻ヨーの回顧展など多くの人、ゴッホの友人になどが関わったことにより、知名度とその評価の高まりは早い方で、そのたった数十年後には1枚数百万円の値がつくようになったということです。

 

ゴッホの言葉をいくつか。
「何かをうまく語ることは、何かをうまく描くことと同様に難しくもあり面白いものだ。線の芸術と色の芸術とがあるように、言葉の芸術だってそれより劣るものじゃない」

「何も後悔することがなければ、人生はとても空虚なものになるだろう」

「私は絵を描く夢を見、そして私の夢を描く」

「常に悲しみを要求する人生に対して僕らにできる最上のことは、小さな不幸を滑稽だと思い、また大きな悲しみをも笑い飛ばすことだ」

ゴッホは生涯の中で数多くの作品を遺しましたが、その中でも非常に有名な傑作として知られる「夜のカフェテラス」。

ゴッホの作品を九谷焼職人が高い技術力で挑戦しました。
九谷焼のマグカップで飲むコーヒーの味は格別です。
ぜひテラスに腰をかけてコーヒーを飲む気分を感じてみてはいかがでしょうか?
 

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九谷×ゴッホ 夜のカフェテラス

 マグカップ¥8,000(税別) 化粧箱入り

 

やせ細った枝に、しっかり。

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東京の桜の開花はかなり早まるようですね。
前のブログで牛天神の梅を載せましたが今度は桜です。この桜タバコ屋のおじさんは河津桜だというけど確かにまだ早いし、ソメイヨシノではなさそう。

座ってばかりではと、休憩にいつも裏に出て背伸びしたり手足を伸ばしたりします。あまり目立たないし、今までは気がつきませんでしたが、やせ細った枝にしっかり咲いています。